ライブレポート

TOKYO COUNT DOWN 2021【ライブレポート】

2021年が間もなく終わる。きっとこの記事が公開されている頃には2022年がやってきているだろう。ライブハウスシーン、エンターテイメント業界は依然として苦しい状況が続いており、いやそれでも少しずつ、本当に少しずつだけど、アーティストやライブハウス、そしてそこに集まるミュージックラバーによって前に進んだような気もしている。2021年を振り返れば苦しいことはそりゃある。めっちゃある。めーーーーーっちゃある。でも楽しいことだってその何倍もあった。そうでしょ?6月から8月にかけて4回に渡り開催された「Live!Livee!Liveee!」の熱狂にはライブハウスネバーダイの気持ちでいっぱいになったし新宿、下北沢、渋谷にて3日間開催された「TOKYO CALLING」で観た数えきれない程の素晴らしいアクトから不要不急とされたものが我々にとって不撓不屈であることを思いっきり確信することが出来た。そう、2021年を振り返るときに頭を過る辛い出来事は「TOKYO CALLING」によって掻き消されるのだ。だけどまだまだこのまま終われないでしょ。終わらせられないでしょ。こんなときにやってくれるのが「TOKYO CALLING」チームでしょ。12月30日、下北沢Shangri-Laにて「TOKYO CALLING」が手掛けた年末直撃カウントダウンイベント、その名も「TOKYO COUNT DOWN 2021」で1日お先に2022年を迎えさせてもらった。

Maki

開演時間15時にステージに登場したのは名古屋の希望、名古屋の新星、名古屋の…キリがないのでこの辺にしておくが、とにかく名古屋の未来を担うバンド、Maki。昼間からのライブで身体も空気もまだ出来上がっていないであろうフロアに一気に火を付ける圧倒的なライブに興奮と感動で身体が震える。ライブは「フタリ」からスタート。「日陰には飽きた」という歌詞が耳に飛び込んでくる。もう本当にその通りで、ライブハウスなんてそもそも日陰なんだけど、日陰には日陰なりの陽当たりがあって、それを勝手に知らない奴に遮断されたこの2年。響は「フタリ」では「いつだって」と叫び、「Soon」では「いつか」と叫んでいる。ライブハウスのステージからMakiが放っているのは価値をつけられるような音楽ではなく、「いつだって今」だし「いつかは今」だということをただ爆音で、高速に、直球でぶん投げている気がした。2021年、追い詰められ続けてきたライブハウス。そんなときだからこそライブハウスで鳴らせる音があるしこんなときだからこそのやり方がある。「今生きてる」と歌う「斜陽」なんて2回やったから。「もう1回やります!」とか言って2回やったから。そんなの今でしょ。今ライブやってるバンドだからでしょう。それだけ伝えたかったことがあるんだろうし、ライブハウスで爆音剛速球を投げることにMakiは命をかけているんだと思う。

photo by 吉田陸人

「年の瀬に良いバンドが観れるなんてラッキーですね。良いバンド、Makiです」なんて台詞も頷いちゃう。2021年もライブハウスで何度も聴いた「ストレンジ」も「シモツキ」も、何度も何度も聴いてるのにその度に初めて聴いたように突き刺さってしまうから不思議だ。ライブハウスに来れば1人じゃないって噂はどうやら本当かもしれない。「憧憬へ」から「落日」の流れはちょっと涙を我慢できなかった。ずっとライブハウスにいたい。年はどんどん重ねるけど14歳の頃のままでいたい。そんなこと普段の社会生活の中で言っても鼻で笑われるだろう。でもそれを肯定してくれるのがMakiだし、ライブハウスだ。2021年のうちにもう1度Makiのライブを観れて良かった。

photo by 吉田陸人

かずき山盛り

そんな気持ちをテーブルごとひっくり返してくれたのは2番手、かずき山盛り。もう何処から何処が本気で何処からが冗談なのか分からないけど、なんなら何が山盛りなのか未だに全然分からないけれど、今年沢山彼らのライブを観て、その帰り道に笑顔になっていることが全てなんだろうなって思ったり。「ハマったら沼、ハマったら沼」と自分に暗示をかけながら今日も恐る恐るライブを観る。なんせ、ハマったら沼なのだ。ライブが始まり、もはやお決まりのオープニングナンバーである「Welcome to the かずき山盛り」でスタートする。炸裂する激情メロディックパンクが相変わらず滅茶苦茶かっこいい。だけどやっぱりかずき山盛りという言葉が邪魔をする。そこで実験的に「Welcome to the happy our holic」と勝手に歌詞を換えてライブを観てみることにした。いける。これはいけるぞ。直訳すると「幸せな私達の中毒にようこそ」だ。う、結局なんか沼にハマりそうじゃないか。そうこうしている内にイサムが手に持っているのはお年玉付きミニカー。いや、ライブ中だぞ。そのミニカーをフロアに走らせながら「ドライブアゴーゴー」を演奏するかずき山盛り。自由過ぎるだろ。最高だけど。

photo by 吉田陸人

トイレ以上でもトイレ以下でもない迷曲「toilet」もやっぱりかっこいいから腹が立つ。「来年の干支、発表していい?」という電撃発表からの「かもめのピーちゃん」ではメロディックパンクとスカとレゲエをごちゃ混ぜにしたチャンプルーパンクを叩きつけ、今チャンプルーとか言ってしまったのが伏線かのように「琉球サンライズ」では琉球舞踊ロックで下北沢Shangri-Laを沖縄の風が包み込んだ。そういえば曲にいく前に「V6の坂本くんが結婚した」とか「おばあちゃんがマンホールにはまりました」とかいちいち入れ込んでくるから情報でいっぱいになる。だけどよく考えたらかずき山盛りのライブを深く考えながら観たって何も楽しくないんだし何も考えないで身体で楽しむことにする。

photo by 吉田陸人

モリヲが歌う「西成の銀次~こじきの伝説~」とか言いたいことは山盛りあるけど、「ちんかだらけの運動会」なんてもはや言いたいこともないけど、きっとそれでいいんだろう。「Goodbyeかずき山盛り」で2021年とさよならした彼らがライブの最後に発表した来年の抱負は「初期衝動」ならぬ「初期衝激」ということで、安心して来年もかずき山盛りを楽しめそうだ。

photo by 吉田陸人

プッシュプルポット

3番目に登場したのはプッシュプルポット。彼らの音楽は経験したことが体験となって決意や覚悟に変わっていくその過程を包み隠さず歌う音楽だと思っている。始まりの合図のようにGt.桑原のギターが掻き鳴らされると「愛していけるように」の大シンガロングでバリバリの決意表明でライブがスタート。歌は、音楽は、誰かを守れると思う?斜に構えた答えが聞きたいんじゃなくて、プッシュプルポットのライブを観て音楽が誰かを守るってことを信じられないなら僕とは話が合わないかもしれない。初めて彼らのライブを観たとき、予備知識なしの状態でボロボロ泣いた。蓋をしてた部分や忘れたくても忘れられないことがきっと誰にもあって、そういった過去は消せないけれど、そんな過去の出来事だったり経験を抱きしめて生きていくための音楽をプッシュプルポットはライブハウスで文字通り全身全霊で鳴らしている。過去の出来事を抱きしめて…とか文字にする何倍もきついことなのは分かっている。どうしようもない現実を前に理屈なんて通用しない。2011年3月11日14時46分、あの出来事から実に10年経った。13歳だったVo.山口大貴は岩手で震災を体験している。今目の前では23歳になった山口が「13歳の夜」という曲を歌っている。美談なんかじゃない。ただひたすら現実と向き合った、向き合ってきたからこその歌だ。「本当のことを歌いにきました」と短く語った山口の表情が忘れられない。受け入れるしかない現実を前にどう強く生きるか、いや、本当に生きてこれるのか。この歌をライブで聴く度に自問自答する。答えなんか出ないけど、考えるきっかけをくれるプッシュプルポットのライブが大好きだ。考えなくなったら終わり、忘れたら終わり、だからプッシュプルポットのライブが大切なのだ。

photo by ヒビキ
photo by ヒビキ

親への感謝を素直に綴った「鐘を鳴らして」もたまらなかった。少し前だったら子供から親への目線で聴いてただろうけど今この曲を聴くと親目線で聴いている自分に気付いた。好きなことを好きなようにやってくれたら、あとは健康だったらそれだけで何もいうことないんだろうな。結局やっぱりプッシュプルポットが歌っているのは愛の歌で、それは本当に大きな意味での愛でありながら傍にいる人に対する真っ直ぐな愛の歌であって、「笑って」だって脳裏に浮かぶのは凄く近くにいる人の顔だし「こんな日々を終わらせて」だって笑っていて欲しい顔を想うときに出てくるのはやっぱり家族の顔なのだ。ライブハウスに集まっている人それぞれがそれぞれの大切な人の顔を浮かべながら心のシンガロングが出来るバンド、それがプッシュプルポットだ。こんなの愛でしかない。

photo by ヒビキ

感覚ピエロ

4番手は感覚ピエロ。彼らのライブを観るときは丸裸の状態でぶつかりにいっている。小細工は効かないし見透かされちゃう。それは感覚ピエロが目を覆いたくなるようなリアルな現実にまでとことん向き合って、それを何の誇張もなくそのまま表現しているからだと思う。けたたましくSEが鳴り響きダンスフロア状態になった下北沢Shangri-Laで静かに腕をまくる。ライブが終わる頃にはきっと無傷ではいられない。そこまで対峙させるんだ、感覚ピエロのライブは。大人の雰囲気ムンムンのダンスナンバー「共犯」で魅了すると「your answer」では何のため、誰のために生きるかを問いかける。何故生まれたか考えたことは生きてきた中で何度かあるけれど、感覚ピエロのライブを観ているとその意味の答えを突きつけられるから帰り道で考え込む。ライブにはそんな余韻もあるのだ。イントロのリズムに身体を大きく持っていかれる「ハルカミライ」の破壊力もとんでもなかった。あと少しで新年を迎える中での「ハルカミライ」は縦横無尽に羽ばたくための希望が詰め込まれていて、それはライブからもビシビシに伝わってくる。奇跡とか希望とか物凄く抽象的に感じるかもしれないけど夢を見て希望を見据えて、その何倍も現実を見て、その上でやっぱ奇跡を感じさせるんだからリアルなんだと思う。

photo by 新倉映見(えみだむ)
photo by 新倉映見(えみだむ)

ブリブリのベースからラップに雪崩れ込む感覚ピエロ流ミクスチャーを堪能出来る「CHALLENGER」では「自分に負けんのか」「勝ちに行け」という言葉に食らってしまった。いつしか限界を自分で決めてしまっていたのかもしれない。そのリミッターを取り払ってくれるのがライブハウスだし感覚ピエロだ。音楽に身体を委ねることで分かることもある。気付いたらレポートを書くペンもノートも置きっぱなしになっていた。「あなたの世界は、何色か?」と問いかけてくる「疑問疑答」ではオーディエンスひとりひとりの放つ色がライブハウスに広がっていくような気がした。バンドもオーディエンスも共犯者、この関係性がライブだと思う。観てるだけじゃない、観ている僕らだって表現している。それがバンドに伝わったとき、感覚ピエロの音楽は更にその力を発揮するのだ。この日のライブではそのパワーをビンビンに感じることが出来た。ラストナンバーの「Sing along tonight」では最後の追い込みをこれでもかとぶつけてくる感覚ピエロ。紛れもないノンフィクションだからこそ受け止めるオーディエンスも本能を曝け出せる。こんなやり合いを30分ノンストップでやり合うんだから、それはもう例えるなら決闘だ。そんな戦いのようなライブの先に笑顔があるのが僕が感覚ピエロの好きなところ。戦った後の握手ほど気持ちのいいものはきっとない。

photo by 新倉映見(えみだむ)

バックドロップシンデレラ

5番手はバックドロップシンデレラ。今日の出演者の中でもきっと一番裏で行われている某ロックフェスに対する溢れんばかりの気持ちを持って下北沢Shangri-Laに立っていたことだろう。新型コロナウイルスの影響でただでさえ狭き門の某フェスが今年はメインステージだけでの開催となっていることに対して「打首獄門同好会はいいけど俺達はどうなるんだよ」と嘆く豊島”ペリー来航”渉。ライブごとに今の心境を即興で歌う「およげたいやきくん」にもそれはもうねっとりと気持ちが落とし込まれていて会場には声を殺した笑いが起きる。ああ年末だ。そしてこの日もバックドロップシンデレラのライブアンセム「台湾フォーチュン」は大爆発していた。バックドロップシンデレラをコミックバンドだと思っている人はどれくらいいるだろう。いやその側面はあるのかもしれないけれど、例えばこの曲で彼らが歌う「クソみたいな地べたを踊り転がり続けて」という言葉にはリアルよりリアリティがあるし、その上で躍らす準備が出来てるぜっていうメッセージはかっこ良過ぎないだろうか。「フェスだして」だってフェスに出れない時期の生々しい声が各所に届いたからこそ今のバックドロップシンデレラがあるのは明白だ。言葉にしていれば、そこに向かって行動すれば、きっと叶う。そう教えてくれたのはバックドロップシンデレラだ。あとはやり方。ライブで声が出せないことを逆手に取ったハミングでのシンガロングには勇気をもらった。何に勇気をもらってんねんって思うかもしれないけど、声を出せないオーディエンスが一斉にハミングする姿なんて感動しかないから。こうやって定められた規制の中で一手を打つ姿勢に痺れるし憧れるのだ。

photo by 新倉映見(えみだむ)
photo by 新倉映見(えみだむ)

「国家の不正を暴きたい」で見せたワーキングクラスパンクなんて共感しかなかった。これ、良い意味で絶対にメジャーのレコード会社からは出せない曲だけど、そんな歌こそライブハウスで鳴り響くことに意味があるんじゃないかと思った。あとは彼らが政府に消されないことだけ祈る。音楽はその時代を歌うことでニュースペーパー的な役割を果たすと思っているのだが「2020年はロックを聴かない」はまさに2020年のロックシーン全体を歌っていて、今はあの頃と比べたらライブが出来るようになってきたことをライブを観ながら感じた。しかし本当にムカつくことがいっぱい起きた2年だった。ムカつく言われ方も沢山した2年だった。だけどライブハウスでは踊るヤツがエラいのだ。身体の話じゃない、心の話だ。「月あかりウンザウンザを踊る」は言葉の意味を超えて日本が世界に誇れるトラディショナルなダンスナンバーだと思う。はやく密密状態で踊りたいな。それももうあと少しな気がするな。ライブは「さらば青春のパンク」でフィニッシュ。下北沢の地下室で鳴り響くバックドロップシンデレラのアイデンティティ。駆け出したくて仕方なかった。

photo by 新倉映見(えみだむ)
photo by 新倉映見(えみだむ)
photo by 新倉映見(えみだむ)

忘れらんねえよ

「TOKYO COUNT DOWN 2021」を締めくくるのは忘れらんねえよ。この日のライブに掲げられたタイトルから柴田は「今は12月31日23時30分です」と言い放った。昔、X JAPANが大晦日のライブで時計の針を24時に回してカウントダウンを早めたことがあったが、柴田の思考はYOSHIKI級ということか。流石だ。つまり今から30分後にはカウントダウンということで一気に大晦日感が増してきた下北沢Shangri-La。「マツケンサンバⅡ」のSEでステージに登場した彼らがこの日最初に演奏したのは「バンドやろうぜ」だった。音楽に、バンドに夢を見た上でバリバリ現実を歌ったバンドマン賛歌だ。こういう歌を歌わせたら柴田は強い。バンドで食うことが目的じゃなくて、バンドをすることが目的なら食えなくたって続けられる。そりゃ食えたほうがいいのかもしれないけど、このちょっとした感覚の違いって凄く大事な気がする。いつか終わることにオドオドして何もしないなら今を好きにいきればいいというメッセージを込めた「明日とかどうでもいい」もオーディエンスに届いていたはずだし、だからこそ「寝てらんねえよ」なんだけど、この曲はひたすら嫉妬に狂っていてライブを観ながら思わず笑ってしまう。でもこの感情こそが忘れらんねえよの原動力な気がするから、かずき山盛りが爆売れして「イサムくん、イケメン」とか言われるようになって欲しい。そしたらきっとまた柴田は嫉妬と妬みに狂って新たな音楽を生み出すだろう。

photo by 新倉映見(えみだむ)

嫉妬とは違うけど、いや嫉妬かな、好きな子の彼氏をこき下ろしながら「俺の方が幸せに出来る」って言い切る「俺よ届け」はライブのハイライトでもあった。この陰湿さと真っ直ぐさが重なったときの新しいジャンルのピュアこそ忘れらんねえよの真髄な気がする。そんな柴田のピュアネスが爆発した「喜ばせたいんですをライブで聴いて不覚にも娘の彼氏としては100点満点だと思ってしまった自分を往復ビンタ。我に返って良かった。あやうく「娘をお願いします」と言いかけるところだった。ライブ後半「ばかもののすべて」「CからはじまるABC」と忘れらんねえよ節が炸裂する中、「ばかばっか」では「TOKYO COUNT DOWN 2021」の出演者が片手にビールを持ってステージに呼びこまれる。みんなこの曲のタイトルが「ばかばっか」だと知っているのだろうか。いや、ド年末にライブハウスに集まってるなんて音楽バカにもほどがあるか。それは目の前で楽しそうにしているあなた達も一緒ですよ。なんちゃって。アンコールでは「この高鳴りをなんと呼ぶ」で大団円。ライブハウスで愛を歌い続ける忘れらんねえよをそのまま体現したような曲でフィナーレを迎えた。

photo by 新倉映見(えみだむ)
photo by 新倉映見(えみだむ)

2021年が間もなく終わる。きっとこの記事が公開されている頃には2022年がやってきているだろう。2022年はどんな年になるだろうか。ライブハウスを取り巻く環境は?音楽は?バンドは?答えなんて分からないし、答えなんかない方がいいのかもしれない。それよりみんなで作っていきたい。先のことは何も分からないけれど、今日ここ下北沢Shangri-Laに集まった人たちの笑顔を見ていたらライブハウスの未来は明るいものだと確信した。みんなで作っていこう。2022年もライブハウスで遊ぼう。TOKYO COUNT DOWN、また来年もみんなで年を越せたら最高だ。時計の針をちょっと回して。

text by 柴山順次

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