ライブレポート

COMING KOBE 22【ライブレポート】

COMING KOBE 22
2022年5月22日神戸メリケンパーク

text by 柴山順次

阪神淡路大震災から27年。27年だ。1995年1月17日、5時46分52秒。あの日のことは今でもよく覚えている。そしてその後、街や建物、そこに暮らす人々がどのように復興してきたのか。あまりにも大きな犠牲を前に本当の意味での完全復興というのは出来ないと思う。犠牲になった方も倒壊した街も全て元通りになることは残念ながら不可能だ。では残された者に出来ることは何か。それは風化させないこと、伝えていくこと、そして忘れないことだ。震災から10年経った2005年、復興支援に対する被災地からの恩返しとして始まった「GOING KOBE」そして改名後の「COMING KOBE」は、阪神淡路大震災を風化させず、その上で神戸の魅力を伝え続けるチャリティー音楽フェスとして毎年開催されている。2019年には実行委員長である松原裕氏の死去、2020年には新型コロナウイルスの影響による開催中止と困難を迎えたCOMING KOBEだが、この街が、そこに暮らす人たちが、その都度乗り越えてきたように、松原裕の意志を継ぎ開催され続けていることにまずは最大級の敬意を表したい。

2022年5月22日、神戸メリケンパーク。前日までの雨が嘘みたいな快晴の空の下、メリケン波止場でなぜかソワソワしちゃうのは「松原ではすぐリキュール」と、時を遡ってPUFFYの名曲まで回収しようとする松原裕の圧倒的な存在感のせいかもしれない。そういえばあちこちのブースで松原裕のパネルを発見したが、きっと今日はメリケンパークを走り回っているような気がする。各ブースではアーティストグッズやフード出店も楽しめるのだが、隣接する減災ヴィレッジではCOMING KOBEのテーマである被災地支援であったり、震災について考えるきっかけとなるようなブースも展開されている。募金箱を手にしたスタッフが会場で募金を募ったり、出演アーティストがMCで募金を呼び掛けるなど、COMING KOBEの本質、本来のテーマがしっかりと受け継がれながらその輪が広がっていることを色んな場面から実感する。音楽を通して震災を考える1日。それがCOMING KOBEの信念だ。だけどそこはCOMING KOBE。大前提として滅茶苦茶楽しい。楽しみながら震災を考える。生活だってそうでしょ。好きな女の子のことも、美味しいごはんのことも、音楽のことも、政治のことも、そして震災のことも、全部大事。ライブを思いっきり楽しむことだって復興だ。

セックスマシーン!!

メリケンパークを探索しているとエンタstageが何やら騒がしいことに気付く。タイムテーブルを見ると転換中のはず…と思いながらエンタstageに到着するとセックスマシーン!!が絶賛公開リハーサル中だった。フェスにおけるセクマシのリハーサルはいつだってそうだ。その場にいる人を本番前にしっかりもてなし、森田剛史はすっかり汗だく。本番前にして「ライブを1本やり切った気分」と語りながらタイトなジーンズを脱ぐとそこにはいつものビリビリのあのジーンズが既に着用済み。エンタstageが声を殺しながらも笑っているのがよく分かる。そう、笑うことすら今は憚られてしまう時代なのだ。そんな僕たちに「笑ってはいけないライブ」を仕掛けてくるのがセクマシだ。いや笑わせるつもりなんてきっとないんだろうけど森田が「ウッドストック2022!!」と叫ぶもんだから「カミコベ2022だけどな」って一瞬だけ思ってしまったけど、そうだ曲名だ。山と海に囲まれて1ミリも迷いなく照らしつける太陽の下で観るセクマシといったらもう。一緒に歌うことで覚えられるはずの円周率が僕は全然覚えられず落ち込むけどやっぱり何処か笑ってしまうし、そんな時に何故か光を感じてしまうからセクマシのライブって本当に不思議だ。それはセクマシは勿論だけど、ライブを観ている人の表情だって、COMING KOBEが開催されることだって、もう全部が全部光に感じてしまう。1995年、世界は変わってしまった。そして2011年、2019年にも世界は大きな動きを見せた。だけど、前向きな新世界になることだって起き得る。今日、今この瞬間、ここエンタstageからまた新しい世界に突入する狼煙が上がったように感じるライブだった。

KNOCK OUT MONKEY

ESP stageでその貫禄を見せつけたのがKNOCK OUT MONKEY。貫禄ばっちりかつ衝動バチバチでキレッキレ。リハーサルで「What’s going on now」「Laying down the rails」が聴けたのはラッキーだったけど、リハだろうが本番だろうが目の前にオーディエンスが居て、そしたらもういくしかない。この衝動がKNOCK OUT MONKEYだ。そのまま本番に突入すると「Wonderful Life」でライブがスタート。っていうかこの曲、まるで今日の為に作られたんじゃないかってほどにリンクしまくって、フリースタイルで今の状況を投げかけられている感覚になる。暑さを熱さで蹴とばして笑い飛ばして汗流して、真っ青を空に向かって思いっきりスクリーム&シャウトしたくなる感じ。COMING KOBEだってそう、僕らだってそう、エンジンが錆びつこうが、ブレーキが埃まみれだろうが、まだまだ飛べるしもっと上にいける。COMING KOBEで今日、KNOCK OUT MONKEYが歌ったこと、選んだ言葉は這いつくばりながらも先に進めようとしている仲間たちに向けた彼らからのメッセージだと思う。思い繋げて歌えばきっと、空だって飛べるはずだ。

EGG BRAIN

EGG BRAINのライブでは涙腺が緩みっぱなしだった。ずっとキンピカでいたいと思っていたユース時代を過ぎ、それだけじゃいられないことも知り、分別もついて歳をとって大人になって随分経つけれど、雲ひとつない大空の下で「SEVENTEEN」を聴いている瞬間は歳なんか関係なく、周りの目なんて気にせず、思いっきり拳を掲げられる。そう、人生は何度だって始められる。3、2、1でGOだ。いつしか定型が固定したメロディックパンクのその定型をど真ん中で鳴らすこと。勿論進化だってしているからそれだけじゃないけれど、EGG BRAINのライブから感じたのは、ジャストセヴンティーンな感覚で好きなことを突き通すかっこよさだ。この日披露された新曲「Always Summer」だってCOMING KOBEのステージで聴けばどんな時だって太陽みたいだった松原裕の顔が浮かぶし、そんな松原裕が愛したEGG BRAINが15年の時を経て最高を更新し続ける姿をCOMING KOBEで観ることが出来るなんて、そりゃグッとくるでしょ。シンガロングこそ出来ないものの、狂った世界に中指立てつつ音楽で何かを変えようとする、そして実際に変えられることを知っているCOMING KOBEに集まった人の気持ちがひとつになって大きく渦巻いていくのが分かった。意思はEGG BRAINが継いでいる。だからこれからも大丈夫だ。

iTuca

アンダーグラウンドstageでも熱狂熱湯ライブが繰り広げられていた。中でも「太陽と虎」を背負ってCOMING KOBEのステージに立っていたiTucaの気迫は凄まじいものがあった。COMING KOBEが地元バンドにとってどのような存在なのか。そこに立ち、そこで何を歌うか、iTucaのライブが全て物語っていたと思う。彼らのステージはアンダーグラウンドステージ。公園という環境もありライブを観に来ている人以外にも家族連れであったりたまたま通り過ぎる人もいる。そんな人たちに向けてもiTucaは全力で歌っている。その姿に胸を撃たれない人なんている?気付いたら他の出演アーティストや地元ライブハウスのスタッフも集結していて、アンダーグラウンドの結束を見た気がした。眠れない夜を超えて、彼らは此処に立っている。先を越され、抗って、捥いて、何十回何百回も繰り返し、振り返り、そうやって夜を超えて夜を超えて夜を超えて立っているCOMING KOBEのステージ。短い時間だったけれど、そこに辿り着くまでの果てしない時間、刻んできたストーリーが滲み出るライブを叩きつけたiTucaに対する拍手の音はメインステージにだって届いたはずだ。

ROTTENGRAFFTY

SEなしでROTTENGRAFFTYがステージに登場すると空気が一変した。NAOKIの手にはハーモニカ。拳に力が入る。「俺たちの始まりの歌」と告げられ「切り札」からライブが始まると膝から崩れ落ちるかと思った。勿論ひとつひとつのライブに全て気持ちが籠っているのは大前提として、やはり彼らにとってもCOMING KOBEは特別なんだろう。表情から佇まいまでCOMING KOBEで観るROTTENGRAFFTYはどうしても特別だ。膨れ上がるようにESP stageに集まったオーディエンスも毒ガスチャンネルばっちりチューニングOK、古都のドブネズミが見せつける修羅的存在感にCOMING KOBEが揺れる。そしてしっかり笑わせてくれるのもROTTENGRAFFTYだ。「D.A.N.C.E.」で突如SABOTENがセッティング中のKOBE CITY stageに乱入するNOBUYA。突然の出来事に驚きながらも踊るSABOTENと何故か一緒に乱入してきたSPARK!!SOUND!!SHOW!!のイチロック。こういう地元のユニティ感を見せつけられると「太陽と虎」だなって思うしCOMING KOBEだなって思う。ラストの「アイオイ」ではきっとここにいた全員が松原裕の顔を頭に浮かべただろう。諦めない奴が叶えてきた数々の奇跡と軌跡。そしてこれからROTTENGRAFFTYは、COMING KOBEは、僕たちは、その先に行くのだ。思いっきり背中をどつかれた気分。過去を抱きしめて未来に向かう為の力をROTTENGRAFFTYに貰った気がした。

SABOTEN

KOBE CITY stageのトリを務めたのはSABOTEN。COMING KOBEと共に歩んできたと言っても過言ではない彼らのライブもまた涙なしでは観ることが出来なかった。だって、だってさ、COMING KOBEのステージで歌った1曲目が「エピローグ」だなんて松原裕のことで頭がいっぱいになるじゃないか。だけど松原裕が作ったCOMING KOBEがこうやって受け継がれていることも同時に感じて、苦しさの中で輝いていた涙が力に変わっていくことを実感した。夢を見ること、その夢を貫くことって難しいし苦しい。ここで諦めたら楽になるかもなんて何度も思った。そんなときに思い出すのはCOMING KOBEや松原裕のことだった。どん底から這い上がった神戸の街も最後の瞬間まで諦めなかった男の不屈の精神も、いつだって僕たちに困難に立ち向かうパワーをくれる。やり方なんていくらでもあるし方法なんて探せばいい。今は「サークルコースター」で巨大なサークルモッシュは作れないけど、その場でタオルを回せば気分上々だ。震災だってコロナだってそりゃ傷は負ったけど信じ続けて走り続ければ夢が叶う。光が無いような暗闇だって、SABOTENは、バンドは、音楽は、COMING KOBEは照らしてくれるんだ。だから笑っていたい。光っていたい。SABOTENはいつだってそうやって僕らを照らすライブをしてくれるんだ。

ガガガSP

コザック前田が「カミコベ20周年まではこの座は譲らない」と宣言していたように、COMING KOBE不動の大トリを務めたのは言わずもがなガガガSP。2022年を生きる中、「これでいいのか?」の連続だ。だけど「これでいいのだ」とガガガSPが歌ってくれるその事実だけで救われる自分がいる。いや、2022年だけじゃないな。生きてきた時間の大半は後悔な気がするし、心の中にこびりついて勝手に美化してるどうしようもない思い出だってたっぷりどっぷりある。だけどきっと人生なんてそんなもんで、そうやって日々を送りながら死ぬまで生きてやろうと本気で思っている。ひたすら前だけ見て真っ直ぐ進めたら楽だけど、人生なんてそんなわけないんだから、苦しみながらどうにか前を向いていくしかないんだと思っている。そんな自分の決意を確固たるものにしてくれるのがガガガSPだし、COMING KOBEだ。ライブ中、目の前に小学生くらいの女の子5人組がいることに気付く。この子たちが生まれるずっとずっと前に大きな地震があって街は壊滅状態になった。そして時代がまわり、季節がめぐり、神戸の街は元に戻るのではなく、先に進んだ。この街で生まれた新しい命が目の前のガガガSPのライブを真剣に見ているこの光景に名前を付けるのであれば未来でしかないと思った。明日からではなく今日このCOMING KOBEのライブのこの瞬間からが未来だ。

阪神淡路大震災から27年。あの震災を知らない世代も生まれて新しい未来を作り上げている。そんな世代に対して、あの震災を風化させず、忘れず、次の世代に伝えていくことが大切だと思う。戦争体験者の話を「またその話?」と笑ってしまったことがある。そのときには気付けなかったけど、ある日突然ピンときて段々分かることだってある。だから僕たちは伝え続けることを諦めてはいけないのだ。その先陣を切ってくれたのがCOMING KOBEだし、松原裕であって、その意志がしっかりとこの街の音楽シーンに受け継がれていることをCOMING KOBEで感じることが出来た2022年5月22日。また来年、神戸で会いましょう。

▼COMING KOBE オフィシャルサイト
https://comingkobe.com/

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