インタビュー

Studio vetix 25周年対談【インタビュー】

ジャンルや世代を問わず数多くのバンドが日夜音楽を鳴らす場所として愛される名古屋の音楽スタジオ、studio vetixが昨年25周年を迎えた。烏森に1号店がオープンしたのが1996年、その後、鶴舞に2号店も誕生し、名古屋の音楽シーンを支え続けているべティックスの開業は代表である河本芳明が25歳の頃。当初から25年続けることを目標に掲げてきた河本氏だが昨年25周年を迎え自身も50歳という年齢に達したことで2022年からは新たなべティックスのスタートを切っているという。4月1日にはコロナの影響で昨年開催を断念せざるを得なかった周年イベントが改めて名古屋の老舗ライブElectricLadyLandで開催される。出演はビレッジマンズストア、ねぐせ。、Makiの3組。音楽スタジオが主催するイベントに名古屋の音楽シーンを彩る3組が集結することで大きな話題となっている。べティックスでは数多くのバンドマンがスタッフとして在籍しており、今回2YOUでは代表の河本氏、スタッフであるみつる(ビレッジマンズストア)なおと(ねぐせ。)を交え座談会を決行。これからもべティックスから沢山の名曲が生まれることに期待しつつ、25周年を祝いたい。

2YOU:改めまして、べティックス25周年おめでとうございます。

河本:ありがとうございます。

2YOU:どのようなきっかけでべティックスを始めたのですか?

河本:スタジオを作る前は楽器屋さんで働いていたんですよ。でもバンドブームが終わってその楽器屋が閉店することになって。その頃はまだ20代前半だったけど、僕は最初から独立願望があったんですね。だからトラックの運転手やイベント/音響スタッフ、楽器屋で働きながらお金を貯めていて音響会社をやろうと思っていたんです。それで音響の倉庫とスタジオを作ろうと色んな物件を探しているときに烏森の物件と出会ったんです。

2YOU:なぜ烏森だったのですか?

河本:烏森店の場所って昔、養老乃瀧だったんですよ。実は僕がバンドで初めて行った打ち上げがその養老乃瀧なんです。烏森店の正面にある駐車場で当時撮った写真もあるんですけど、その場所がピンときたんです。家が近かったから前をよく通っていたから物件が空いていたのも知っていたし、管理会社に連絡して借りることになったんです。でも最初はスタジオだけじゃなくて、お好み焼き屋さんをやりたい人がいたから半々で一緒にやる予定だったんです。そうすれば家賃も折り合いつくじゃないですか。でも結局そのお好み焼き屋さんはやらないことになったので全部借りることになりました。その分家賃も安くしてくれたので。あの場所って、色々変わっていて、元々LIVE STARというライブハウスだったんですよ。その前がカラオケ屋で、その前が養老乃瀧だったんです。

なおと:すみません、養老乃瀧ってなんですか?

みつる:え!?知らないの!?

なおと:知らないです。だからさっきからなんで滝の話をしてるのか分からないです(笑)。

河本:居酒屋チェーン店だよ。

なおと:鳥貴族みたいなもん?

河本:そうそう、つぼ八とか村さ来とか。

なおと:やばい、全部分からない(笑)。

2YOU:まさにジェネレーションギャップですね。河本さん、話を戻してください。

河本:それであの場所で始めることにしたんだけど地元の友達からは「やめとけ」って言われる訳ですよ。なんせ治安が悪かったので、LIVE STARのときも警察沙汰になるような喧嘩がしょっちゅう起きていて。でもそこしか物件がなかったし、このタイミングで決めないと独立出来ないと思ったから周りの反対を押し切って始めました。あの場所って、3年に1回くらいのターンでオーナーが変わっていたみたいなんですよ。る養老乃瀧も8年ぐらいやってたけどフランチャイズだから実は3回オーナーが変わっていたみたいで。そこでべティックスは25年続けているんだから奇跡だよね。

2YOU:ちなみに周りの反対を押し切って開店したべティックスはすぐに軌道に乗ったのですか?

河本:それがね、すぐ軌道に乗ったんですよ。

なおと:そうだったんだ。

河本:初日に70人くらい入会があったからね。

みつる:それは凄いですね。

河本:びっくりしたもん。「楽器屋の店長だった人がやってるスタジオだ」ってみんなが広めてくれて最初の月で入会が250人くらいいたからね。本当に凄いことが起きてるなって。

2YOU:オープンしたのが1996年ですよね。その頃だとライブハウスシーンはメロコアブーム直前くらいですよね。

河本:おっしゃる通りメロコアのちょっと前で、ヴィジュアル系とハードコアが強かった時期だと思う。うちの店でもヴィジュアル系とハードコアがよく喧嘩してましたから。近所にあったスタジオVからハードコアバンドがうちに流れてきたんですけど、ヴィジュアル系と喧嘩するから曜日でジャンル分けしていました。火曜日がヴィジュアル系、木曜日がハードコアみたいな。

なおと:そこまでしてたんだ。

河本:そこまでしないと駄目だったんだよ、あの頃は。

2YOU:レコーディングブースを作ったのはいつ頃ですか?

河本:今のCR(コントロールルーム)が出来たのは99年ですね。最初は物件内に作ろうと思って図面を30枚くらい書いたけど全部NGだったんですよ。それで掘っ立て小屋を作ってもらって今のCRが出来ました。

みつる:オープンして3年目ぐらいだったんですね。

河本:そうだね。トイレを壊したりスタジオを移動させたり大変だったんだよ。

2YOU:99年頃のべティックスのレコーディングだとやはりハードコアの印象が強いですけど、個人的にはNOT REBOUNDやJERK BAITのレコーディングに遊びに行かせてもらったのが初めてのべティックスのレコーディング体験でした。2001年とか2002年だと思うのですが。その頃はエンジニアに山口さん(STUDIO SPLASH)がいらっしゃって。

河本:山口さんは元々僕の先輩で、伏見のハートランドで一緒にPAもしていたんですよ。その流れもあってべティックスにエンジニアで来てもらいました。5年くらい一緒にやっていたかな。山口さんは腕もあるしお客さんも着いてきたから独立を勧めたんです。そのあとはMUSIC FARMにいた松井君が来てくれて、彼も5年くらいべティックスにいてくれましたね。神宮前レコーディングスタジオのビリーさんも彼のブランド名でレコーディングをべティックスでやってくれていました。

2YOU:錚々たる方々ばかりですよね。

河本:本当に。名古屋の腕利きのエンジニアばかりだから。でもだからこそ逆に僕はべティックスでレコーディングを打ち出せなくなっていって。少ないパイを取り合うのは嫌だなって。そうやって遠慮していたらべティックスでレコーディングするバンドがどんどんいなくなっちゃいました(笑)。それまではイケイケだったんですけど(笑)。

2YOU:鶴舞に2号店を出された頃のべティックスの勢いも凄かったですよね。

河本:あの頃ははっきり言って調子に乗ってました。みつると出会ったのもその頃じゃないかな。

みつる:そうですね。まだビレッジマンズストアの前のバンドの頃でしたけど、僕らは烏森のスタジオを使っていて。その頃の社長(河本)は滅茶苦茶怖かったです(笑)。

河本:偉そうだったよねえ。

みつる:そもそもあまり喋ったことがなくて。べティックス主催のイベントでハートランドに呼んでもらったときも打ち上げてやっと社長と話せたんですけど全然覚えてもらえなくて(笑)。

河本:そうだっけ?

みつる:それから2、3年経って僕がべティックスで働くようになったんですけど、初出勤の日、社長が自ら鶴舞店の改装をしていたんですよ。今の2階を作っていたんですけど「それ、社長が自分でやるの?」って思いました(笑)。

2YOU:その2階を作っているときは僕も毎週お邪魔していました。

河本:そうだったね。毎週鶴舞店から柴山さんの番組の生放送をしていたもんね。

みつる:ありましたね。

2YOU:今でいうYouTubeみたいなことをべティックスで毎週やらせて頂いてましたね。Ustreamという動画配信サービスを使ってゲストを呼んで配信していました。あの頃はまだ2階に上がる階段がなくて。

河本:ハシゴで上ってたよね。

みつる:え!

河本:それで当時のスタッフの掘が「柴山さんっていう人と番組をやるから改装してください」って言ってきて。それもあって2階が出来たんだよね。

2YOU:その頃の河本さんは今みたいに普通に話せるような人じゃなかったです(笑)。

河本:それは理由があって、ヴィジュアル系とハードコアが店内で喧嘩するから、そこに店長として立つには優しくしてたら駄目だったんですよ。ロビーでビールを飲んで喧嘩して、そういうバンドを相手にしなきゃいけないから虚勢を張っていたんだと思う。

2YOU:なるほど。当時のべティックスをなおとさんはどう見ていました?

なおと:子供ながらに怖かったですね。怖いバンドが沢山いて当時はまだガンガン煙草もロビーで吸っていたの煙だらけで、父の店は怖い場所なんだなっていう印象でした。父がスタッフやバンドに怒鳴る声もよく聞いていたので家でも父が怖かったです(笑)。

河本:よく怒鳴ってたからねえ。

なおと:でも僕はバンドやスタッフさんに可愛がってもらってましたよ。父のことはみんな怖がってましたけど(笑)。

2YOU:なおとさんがべティックスで働き出したのはいつ頃からですか?

なおと:高校生の頃からバイトしているので3、4年目ですね。べティックスには本当に色んなジャンルのバンドがいらっしゃるんですけど、小さな頃から耐性がついているからどんなバンドとも仲良くなれるんですよ。べティックスで最初に仲良くなったバンドも九狼吽さんですし。

2YOU:ねぐせ。と九狼吽が繋がる世界線がべティックスでしかあり得ないですからね。

なおと:本当に(笑)。でもそれがスタジオで働く面白さでもありますよね。

2YOU:べティックスはバンドマンのスタッフも多いですもんね。

河本:ほぼ全員現役バンドマンですね。

みつる:理に適っているんですよ。スタジオで働くようになってドラムのチューニングもある程度自分で出来るようになったし時間があればドラムをいじったりしているので。

なおと:僕が最近面白かったのは掃除していたら隣のスタジオからねぐせ。の曲をコピーしている音が聴こえてきたんですよ。

みつる:この前もいたなあ。

なおと:僕らはべティックスで練習していることを公言しているので、ねぐせ。きっかけでバンドを始めたバンドがスタジオに来てくれるんですよ。そこでバンドマン同士としてコミュニケーションを取ったり色んな話が出来るのは嬉しいですね。

みつる:僕もビレッジマンズストアとして結構露出しているけど、そういうの全然ないなあ。

2YOU:赤いスーツを着ていないときは話し掛けちゃ駄目だと思っているとか。

みつる:そんなことあります?(笑)。

なおと:でもねぐせ。のファンの方がべティックスの存在を知ってくれて、そこにみつるさんもいることを知ってビレッジマンズストアを聴いて好きになったって人もいますよ。4月の周年イベントで対バンすることを喜んでくれていました。

河本:スタッフ同士が店の周年イベントで対バンするのって、凄くいいよね。

2YOU:ねぐせ。とビレッジマンズストアは初対バンですよね?

なおと:そうなんですよ。サーキットで一緒になることはあっても対バンは初めてなので嬉しいです。

みつる:サーキットでも横並びになることが多いしね。

なおと:やっぱり系統が違うのでお客さんが被らないように横並びにしてくれるんですよね。だから一緒のサーキットに出てもライブが観れないっていう(笑)。

2YOU:ここにMakiがいるのも面白いですね。

なおと:この組み合わせがべティックスじゃなかったら出来なかったと思います。色んな関係者の方から「フェスやサーキットじゃなくてこの3バンドが揃うのはやばい」って言われました(笑)。

みつる:Makiとは最近になって僕らも絡むことが増えて、お互いのツアーに呼んだりもしているんですけど、それも本当にようやくなんですよ。

なおと:僕らに関してはメンバー全員がねぐせ。を組む前からMakiのファンなので。だから今回べティックスのお陰で対バンすることが出来るのは本当に嬉しいです。

河本:もう1バンドどうしようかなって考えたときに、なおとからもみつるからもそれぞれMakiさんの名前が挙がったんですよ。それで綿谷さん(RAD CREATION)になおとが相談したら快諾頂いて。本当に周りの皆さんに恵まれているなって思いますね。

2YOU:それは名古屋で25年間べティックスが積み重ねてきたことだと思います。

河本:25年続けることが目標だったんですよ。ちょうど25歳のときに初めて、25年で50歳になるじゃないですか。そういうキリの良さもあって、ずっと25年を目標にしてきたんです。この間に震災があったりコロナがあったり、色んなことがありましたけど、目標にしていた25年を迎えることが出来て凄く嬉しいです。本当は去年が25周年だったけどコロナでイベントが出来なかったので今年改めて25周年イベントをやらせてもらうんですけど、今回の会場のElectricLadyLandのシゲさんと17年ぐらい前に約束をしたんですよ。

みつる:何の約束をしたんですか?

河本:当時僕は外注でElectricLadyLandのPAをしていたことがあって、そのときに「べティックスが25年続いたらElectricLadyLandを貸して下さい」って約束をしたんです。それからずっとシゲさんとの約束を糧にして25周年を目標に続けてきたから、どうしてもElectricLadyLandでやりたかったんですよね。去年はコロナで断念しましたけど、今年実現出来るのは本当に嬉しいです。

2YOU:変な話ですけど、去年開催されていたら、そこにねぐせ。はいなかったかもしれないですよね。

河本:いなかったでしょうね。

なおと:本当だ。結成したばかりの頃だ。

河本:だから全部に意味があるんですよ。去年だったらねぐせ。に声は掛けないし、でもこの1年で成長したからビレッジマンズストアとMakiさんとも肩を並べられる訳だし。コロナは恨んでいるけど、去年だったら観れなかった対バンが観れることだけはコロナのお陰かなって思いますね。

2YOU:26年目に突入したべティックスの今後の展望はありますか?

河本:25周年を迎えたことで、僕の中ではここで一区切りというか、また次のスタートを切るための一旦のゴールみたいなものは少し感じています。25年続けるという当時の僕の目標をこういう形で達成出来たことで今までのべティックスは終わったのかなって。勿論、26年目からはまた次のべティックスが始まっているんですけど、言葉にするのは難しいけど、ここで終わるのが一番綺麗かもなっていうのは正直ありますね。でもまた新しいスタートを切って次の25年を目指そうと思っています。

2YOU:べティックスからべティックスZになるみたいな。

みつる:あははは。それ最高ですね。

河本:じゃあ超べティックスにならないと(笑)。でも本当に4月1日のイベントが自分の中では人生の区切りのような大きな日になると思うんですよね。

なおと:だから僕らがもっとべティックスを繋いでいきたいんです。ねぐせ。のファンの人たちが4月1日のイベントのことを話すとき「4月のべティックス行きます!」って言ってくれるんですけど、そうやって名前が広げられるのも僕の役目だと思っていて。イベントに行くこと自体をべティックスに行くって言ってくれるの、凄く嬉しいんですよね。

河本:そういえば正式なイベント名もないもんね。

2YOU:ちなみにベティックスという名前の由来は?

河本:よくぞ訊いてくれました。フランス語で頂点という意味の言葉を文字った造語なんですけど、本当の頂点って自分で決めることじゃなくて、周りが判断することだと思うんですよ。そういう意味で本当の頂点を目指そうと思って付けたんですけど、フランス語の名前だと画数が悪くて。僕、そういうの意外と気にするんですよ。それで僕が音響を始めたきっかけを作ってくれたスタジオVの「V」をとって「vetix」にしたんです。最後のXはなんとなくかっこいいなって(笑)。

2YOU:河本さんらしいネーミングですね(笑)。音楽スタジオってどんなバンドにとっても始まりの場所だと思うんですよ。武道館を満員にするバンドだって最初はきっと町スタジオから始まっていると思うんです。そういう意味でもべティックスから生まれる音楽に、スタジオから生まれる音楽に、これからもワクワクしていたいですね。

河本:そう思うとまだあと25年は頑張りたいなって思いますね。白髪になってもスタジオに立っていたいと思います。僕は本当にラッキーでやりたいことをやらせてもらってきたし、目標も果たせてこれたので次の世代に繋ぎつつ、やれるところまで頑張ろうと思っています。あ、だけどひとつだけ叶えていないことがあるんですよ。

2YOU:何ですか?

河本:玉置浩二さんのPAをやることが僕の最後の目標なんです。でもこれはもう叶わないだろうな。

みつる:諦めるのはまだ早いですよ。

なおと:続けていればチャンスはあるかも。

河本:そうだよな。だから、僕ね、玉置浩二さんのライブに行くときはいつも緊張しているんですよ。もしここでPAさんが急病で倒れたら「はい!僕、PA出来ます!」って立候補するつもりでいつもライブを観ているので。

なおと:あははは。

河本:だから滅茶苦茶緊張しながらライブを観ているの。もしものときの為にいつでも準備はしておかないとね、心の。(一同笑)

text & photo by 柴山順次

VETIX 25th ANNIVERSARY LIVE 
4/1(金)
名古屋ElectricLadyLand
ビレッジマンズストア
ねぐせ。
Maki
※チケット
https://eplus.jp/sf/detail/3581780001-P0030001

スタジオ べティックス 烏森店
〒454-0819
愛知県名古屋市中川区烏森町四反畑2-5
TEL 052-354-6401

スタジオ べティックス 鶴舞店
〒460-0012
愛知県名古屋市千代田4丁目25-1
TEL 052-339-1155

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