INTERVIEW

HUSKING BEE

HUSKING BEEが結成25周年を迎えた。Hi-STANDARDをはじめとする90年代に台頭したバンドと共にシーンの創世記を担うバンドとして活動をし続けてきた彼ら。95年にSNUFFY SMILE、96年にPIZZA OF DEATHより音源をリリースすることをきっかけに全国的にその名を轟かせたHUSKING BEEは2000年の平林加入や音楽性の進化を経ながらも人気絶頂の中、2005年に解散。その後、各メンバーによるバンドやソロ活動を経て2012年に新体制での再結成を果たし、『SOMA』『AMU』『A Youth That Grows Old/Prepared Mind』とコンスタントに作品を発表する。再始動を支えたメンバーの脱退を経て、2016年にはオリジナルメンバーである工藤が復帰し現在のラインナップとなった彼らの結成25周年を記念した『ALL TIME BEST 1994-2019』はHUSKING BEEというバンドの魅力や軌跡を存分に楽しめるフルボリュームの作品だ。25年間、HUSKING BEEとして紆余曲折ありながらも真っ直ぐ歩き続けてきたイッソン、テッキン、ドンドンの3人に話を訊く。

 

 

Q.結成25周年、おめでとうございます。

磯部:25年って凄いですね(笑)。当時はまだパソコンも携帯も持ってなかったですから。DOLLを読んで面白そうなライブがあったら遊びに行って、そこでもらったフライヤーを頼りに気になるライブにまた遊びに行く。その繰り返しでしたね。ライブハウスも9割くらいがむさくるしい男子の世界で。

工藤:当時はチケットノルマが払えなかったから一生懸命バイトして、生活費を削ってライブしていましたね。

 

Q.イッソンさんとテッキンさんはどうやって出会ったのですか?

磯部:色んなライブに行くようになるとライブハウスでよく見かける奴とか出てくるんですよ。その中にテッキンがいて。その後、ハイスタのライブを観て「バンドをやろう!」って思ったときに「あのよく見かける奴がベースを弾けるらしい」という噂を聞いて声を掛けたのが最初のきっかけですね。

 

Q.当時はメロコアって言葉もない時期で、よくUSコアとかアメコアとか言ってたと思うんですけど、HUSKING BEEとしてはどんな音楽をやろうと思っていました?

工藤:SNUFFやBad ReligionやRANCIDに影響を受けていましたね。

磯部:僕はあまり知らなかったんですけど、友達との会話で「SNUFF良いよね」なんて話になってレコード屋に買いに行くんですけど、買って帰ってきたら何か違うなって。

 

Q.もしかしてSNFUと間違えたとか(笑)。

磯部:そうそう(笑)。そんなことを繰り返しながらHUSKING BEEでどんな音楽をやろうか考えたときに、ハイスタと同じことをやっても仕方ないし、そもそも出来ないだろうって話になって、エイトビートを主体にしたメロディの良い音楽をやることにしました。

 

Q.初音源はSNUFFY SMILEのV.A『NOT SUPERSTITIOUS Ⅲ』ですよね?

工藤:そうですね。初めての単独作もSNUFFY SMILEから出した7インチでした。

磯部:SNUFFY SMILEからはハイスタもリリースしていたし、その後僕らとSHERBETが同時期に7インチを出してもらったんですけど、当時1500枚作ってもらって「そんなに沢山の人が聴くのか!」って驚いた記憶がありますね。

 

Q.その後、96年にPIZZA OF DEATHより『GRIP』がリリースされた訳ですが、シーン創世記、当事者であるみなさんはどう感じていました?

磯部:『GRIP』が出るまではライブに友達しかいなかったしノルマも払っていたのが全国でお客さんが入るようになって。しょうもない話ですけど、僕、自分のことをイッソンって名乗ったことがなくて。それは今もずっとそうなんですけど。当時ある友達がイッソンって呼びだしたんですけど、それを雑誌に書いたらツアーに行く先々でお客さんが「イッソン!イッソン!」って言う訳ですよ。これは驚きましたね。

 

Q.余談ですけど、当時のHUSKING BEEとSHERBETのツアーのTシャツがバンド名が間違っていたのが面白くて。

工藤:HUKING BEEだ(笑)。懐かしい。あれをそのまま売っちゃうのもやばいですよね(笑)。「サインください!」って言われたら、TシャツにSを書き足してたもんね(笑)。

磯部:適当過ぎる(笑)。

工藤:今だったら炎上するようなことも沢山あったしね。写真を撮られてツイートされたらアウトなことだらけ(笑)。

 

Q.97年にはAIR JAMやDEVILOCK NIGHTが始まり、巨大なムーブメントが起きました。

磯部:最初の頃はまだフェスっていう概念もないから「先輩が何かやるみたい」くらいだったんですよ。それが2回目のAIR JAMになるととんでもないことになってるなと。責任感も伴う訳ですし。

工藤:最初は遊びの延長だったもんね。

磯部:凄く覚えているのは2000年の千葉マリンでのAIR JAMのときに、僕らの前がWRENCHだったんですよ。それでライブの前にSHIGEさん(WRENCH)が「イッソン、俺達がハスキンにバトンを渡すね」って言ってくれて「押忍!」なんて言いながらステージで観ていたら最後の曲で逆光の中の真っ黒なシルエットのSHIGEさんが真っ裸になってフロアで踊っていて(笑)。どんなバトンを渡してるんだっていう(笑)。でもその瞬間に、生まれた時期や上京のタイミング、友達との出会い方が少しでもズレたらここに立ってないかもなって思ったんですよ。幸せだなって。

工藤:奇跡ですよね。出てるバンドもみんな友達だったし。今のフェスにはない何かがあの当時はあったと思います。

 

Q.2000年にはドンドンさんが加入して4人になりました。当時かなりの反響もあったと思うのですが。

磯部:やっぱり「HUSKING BEEは3人だ」って意見も沢山あったんですけど、自分としては『PUT ON FRESH PAINT』を作っている頃からなんとなくコーラスが欲しい気持ちが芽生えていて。

平林:当時僕もHUSKING BEEを観ながら「コーラスがあったらもっと良くなるな」って思っていたんですよ。まさか自分が誘われるとは思ってなかったですけど(笑)。

 

Q.イッソンさんとドンドンさんは声の質も全然違うじゃないですか。でもその絶妙なバランスが凄くハマりましたよね。

磯部:初めて4人で作った作品を聴いたときに正解だなって思いました。やっぱりそれまで曲を作っていく中で頭の中で鳴っているもう1本のギターを再現できなかったことにもモヤモヤしていたんですよ。そのフラストレーションを払拭したかったので。

工藤:HUSKING BEEにとってドンドンの加入は大きかったですね。ドンドンは歌えるし、曲も書けるから、バンドとしての幅も拡がったし。だからさっきイッソンが言ってた「HUSKING BEEは3人だ」って意見があったのはびっくり。

磯部:しょっちゅう言われたよ(笑)。

 

Q.HUSKING BEEは常に進化を遂げてきたバンドだと思うのですが、日本語で歌うようになったことも当時大きな変化でしたよね。

磯部:僕の中で日本語で歌うことに繋がる3大インパクトがあって。まずは『PUT ON FRESH PAINT』をロスでレコーディングしたときにプロデューサーのマーク・トロンビーノに「お前は英語の発音が滅茶苦茶だから、気にしないで磯部語で歌えばいい」と言われていたんですよ。でもスタジオでたまたま日本語で歌っているのを聴いてマークが「日本語のほうがメロディが伸びやかで凄く良い」と言ってくれたんですよ。それで書いたのが「欠けボタンの浜」なんですけど。

 

Q.凄い話ですね。あとのお2人は?

磯部:渋谷陽一さんに取材してもらうようになって「なんで英語なの?日本語で歌うべきなんじゃない?」って言われたのと、イースタンユースのVA『極東最前線』に誘って頂いたときに、テッキンが吉野さんにばったり会って「参加する曲は日本語で作れって磯部くんに伝えといて」と。そういう3大インパクトを経て日本語で歌うようになりました。

 

Q.マーク・トロンビーノが言う磯部語は英語だけじゃなくて日本語詞でもありますよね。「摩訶不思議テーゼ」とか衝撃でしたから。

磯部:日本語が好きだから作っていて面白くなっちゃうんですよね。特に「摩訶不思議テーゼ」を書いた頃は日本語で書くのが楽しくて仕方なかった時期だったと思います。

工藤:日本語で歌うようになってイッソンの声の伸びが違うのは僕達でも分かったんですよ。歌詞の耳障りも含めて曲のバリエーションも拡がったし、そこに関してもネガティブな印象は全くなかったですね。

 

Q.『the steady-state theory』や『variandante』の頃には活動シーンの幅も拡がっていきましたよね。

磯部:当時「イースタンユースと対バンして、奥田民生さんとも対バン出来るバンドいないよね」って友達に言われました。そこを目指していた訳じゃないけど嬉しかったですね。それもきっと日本語で歌うようになったのも影響していると思うんですけど。ずっと英語だけで歌っていたらきっと違っていたと思います。

 

Q.その後、HUSKING BEEは一度解散を経験することになりましたが。

磯部:未だに一言二言じゃ言えないくらい色んなことがあって、解散せざるを得ない状況になってしまったんですけど。本当に複雑過ぎて未だに何とも言えないですね、あの頃のことは。

工藤:客観的に言うと、もう一歩先を見据えたときに日本のメジャーでの活動を維持しつつ海外でもツアーをやるような活動に上手くシフト出来なかったり、その体力がバンドになかったことも大きいのかなと。本当は前に転がっていくような動きをしたかったけど、その勢いもバンドになくなっていたのは事実だったので。

 

Q.その後、メンバーそれぞれが新しいバンドを始めたりイッソンさんはCORNERとしてソロ活動も開始しましたが、みなさん次の展開が早かったですよね。

工藤:イッソンは特に早かったと思いますね。CORNERのレコーディングには僕も遊びに行ったりしてたんですけど、そっちはそっちで楽しくやって欲しかったし。FINE LINESしかり。

 

Q.解散後のお互いの活動は意識していました?

工藤:「こういうことがやりたかったんだね」みたいな気持ちで見ていました(笑)。

 

Q.イッソンさんは意識的にHUSKING BEEとは違うことをやろうと思ったりしていました?

磯部:うん。でもやっぱり離れられないんですよね。HUSKING BEEと違うことをやろうと思ったら、極端な話、HIP-HOPをやるくらいの変化じゃないと無理だなって。だからソロもバンドも葛藤しながらやっていましたね。

 

Q.HUSKING BEEの再始動を意識し始めたのはいつ頃ですか?

磯部:復活に関しては本当に全く考えてなかったんですよ。出来るとも思ってなかったですし。それでももう一度HUSKING BEEを動かすことを決めたのは震災以降ですね。音楽が必要かどうか、真剣に悩んでいたんですけど、そこでまたハイスタなんですよね。ある日、電話が掛かってきて「ハスキン、出来ないかな?みんなを元気にしたいじゃん」って。

工藤:同じ時期にDEVILOCKの遠藤君からも連絡をもらっていたんですけど最初は断ってたんですよ。でも考えていく中でHUSKING BEEをもう一度やることを決めて。だからハイスタだけじゃやってなかったし、遠藤君だけでもやってなかった。いくつか重なって、再始動を決めましたね。

 

Q.復活後のHUSNKING BEEは毎年音源を出し続けていますよね。そこも凄くかっこいいなと。

磯部:やるからには新しい曲も作りたいじゃないですか。25年やってきた今でも新しい曲を作るのが楽しいんですよ。

Q.ここ数年は多彩なゲストの参加やMOROHAを迎えての楽曲制作など、そういう化学反応も楽しんでいるように思います。

工藤:そもそもドラマーが不在だから、そこのフットワークは軽くなりましたね。誰と組み合わさってもメンバー3人の軸がブレなかったらバランスも崩れないと思っているので、純粋に楽しんでいます。

 

Q.今回25周年を記念したオールタイムベストがリリースされますが、こういう作品で曲順がABC順なのもHUSKING BEEらしくて最高です。

工藤:あははは。潔いでしょ?でも実際にABC順で聴いてみたら昔の曲と新しい曲が混ざっているのもそれはそれで凄く良いんですよ(笑)。

磯部:こうやって聴くと、本当に沢山作ったなって思いますね。まあ、これからも作っていくんですけど。でもいつまでも客観的には聴けないので「ここはこうした方が良かった」とか、そんなことばかり思っちゃいますね。一度解散したときに初めて客観的に「良い曲だな」って聴けた時期もありましたけど、今はその感覚では聴けないので。

 

Q.「このメロディをこうしたら良かった」みたいな感覚は結構あるのですか?

磯部:それは常に思っていますね。

 

Q.そういえばイッソンさんはライブで歌メロがよく変わりますよね。

磯部:変わる(笑)。

工藤:レコーディング中に「こんなメロディはどう?」って聞くと「それはライブでやる」とか言われますからね(笑)。あと自分のウクレレのライブで「欠けボタンの浜」を歌ったことがあるんですけど、お客さんに「ライブで原曲のメロディを聴いたの久し振りです」って言われて(笑)。俺は原曲のまま歌おうって決めました。(一同笑)

 

Q.25周年を迎えた今、これからのHUSKING BEEをどうしていきたいですか?

磯部:自分としてはまだまだ面白いことをしていきたいので。自由に色んなことをしていきたいですね。「こうであれ」みたいな叱咤激励も大事にしつつ、みんなの思うHUSKING BEEとも折り合いをつけながら、変化を楽しんでいけたらなと思っています。たまに「初期みたいな3コードの曲をやって欲しい」って言われるんですけど、実は3コードの曲を作ったことがないので逆に挑戦してみようかな、とか(笑)。まあ、楽しいかどうかですよね。そうやって気付いたら50年くらい経っていたら最高です。

HUSKING BEE
ALL TIME BEST 1994-2019
2019年7月3日発売
CRCP-40584/2 3300円(+税)

 

http://www.husking-bee.com/

25周年特設サイト http://www.husking-bee.com/25th_anniv/

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