R.A.D 10周年対談

photo by Takeshi Yao
interview by 柴山順次
2009年に名古屋は栄にオープンしたライブハウス、R.A.D。あれから10年、綿谷氏と長尾氏がたった2人で始めたライブハウスは今や名古屋だけで系列ライブハウス5店舗を構え、更に飲食店などの経営、フェスやサーキットイベント運営、レーベル業務と、その事業を拡大し続けている。そんなR.A.D創世記を支えたのが04 Limited Sazabys、BACK LIFT、ENTHである。勿論彼らだけでなく様々なバンドがR.A.Dでしのぎを削ってきたわけだが、この3バンドとR.A.Dの関係性はとても深いものだという。バンドの規模が大きくなることで別々の道を歩んだ時期もある。若いバンドとの出会いが常にあるライブハウスとしてもまた新しい関係値を築き上げているバンドとの新しいシーンもある。あれから10年、2020年2月18日にダイアモンドホールにて行われたR.A.Dの10周年企画に出演した04 Limited SazabysのGEN、BACK LIFTのKICHIKU、ENTHのdaipon、そしてR.A.Dの綿谷氏。ライブが終わった直後の4人に当時を振り返ってもらった。10年前、ライブハウスから生まれたもの。これからライブハウスで生まれるもの。ライブハウスで起きることに、ずっとワクワクしていたい。

 

Q.R.A.Dが10周年を迎えたということで、今日はお店のオープン時よりしのぎを削ってきたみなさんに話を聞けたらなと。

GEN:書けない話が多そうですけど大丈夫ですか?(笑)。

KICHIKU:間違いない(笑)。

daipon:マジで滅茶苦茶やってきましたからね。

 

Q.最初にR.A.Dでライブをしたの日のことは覚えていますか?

GEN:2009年8月にオープンしたじゃないですか。僕らはその週にすぐ企画をやった気がします。

KICHIKU:昨日mixiで調べたらオープンしてすぐにフォーリミは「Human Communication(04 Limited Sazabys企画)」をやってたわ。

GEN:やってたっていうか、やらされたんだよ。法外なノルマを払わされて。(一同笑)

綿谷:法外では無いでしょ(笑)。でも、多分やらされたのは正解、長尾くんかな(笑)

KICHIKU:名古屋イチ高いノルマという。

綿谷:全然高くなかったと思うけどなぁ(汗)。でもみんなが売ってくれたチケット代と払ってくれたノルマで続けることが出来たけど(笑)。

KICHIKU:あははは。

 

Q.この3バンドはR.A.Dで月に何本もライブをしていましたからね。

綿谷:本当に助けてもらっていました(笑)。

daipon:マックスで月に7、8本R.A.Dでやってた時期がありますからね。

GEN:やってたね。

KICHIKU:俺らはオープン初日にR.A.Dの企画に呼んでもらったんですよ。そこでヤキトリ(ex.BACK LIFT)が某バンドの〇〇さんにキレられて。

GEN:ヤキトリは最初むかつくもんね(笑)。ほら、ヤキトリってさ…。

KICHIKU:まだヤキトリの話引っ張る?(一同笑)

 

Q.ENTHは若干後輩なんですよね

daipon:年齢はひとつ下ですね。バンドを始めた時期も少しだけ遅いです。

KICHIKU:2010年に『THE MEMORY MAKES ME SMILE』のレコ発初日にオープニングアクトで出てもらったよね。まだenthusiastの頃。

daipon:ああ、懐かしい。

KICHIKU:MARGALINとかEDDYとかいて。で、その2日後にフォーリミもツアーの初日をR.A.Dでやってた気がする。

GEN:SpecialThanksとTHE SKIPPERSとBASSUIかな。

Q.綿谷さんはR.A.D設立以前はZionで働いていましたが、その頃からの付き合いですか?

綿谷:daipon以外はみんなZionの頃からの付き合いですね。

KICHIKU:daiponって最初何処にいたの?

daipon:俺らは車道3STARに出てた。

KICHIKU:3STAR出身なんや。知らんかった。

daipon:3STARでコピバンとかしてたんだけど、メンバーがいなくなって。どうしようかなって思ってたときに「Zionの長尾さんって人が色々繋がりがあるらしい」って聞いて、友達のバンドについてZionに行ってそのままその日の顔合わせとかに勝手に出たんだよね。「おはようございます!」とか言って(笑)。

KICHIKU:昔からふざけてるなあ。

daipon:その後、mixiで長尾さんが「新しいライブハウスを始めるからいつもの若手、集まって手伝ってくれ」って書いてるのを見て、いつもの奴でもなんでもないのにいつもの奴のフリして手伝いに行ったの。そこにRYU-TAくん(04 Limited Sazabys)と当時まだ違うバンドをやってたKOUHEIくん(04 Limited Sazabys)もいて。綿さんが色んな指示を出していたんだけど、KOUHEIくんはめっちゃ愚痴ってました(笑)。「お前もやれよ」って。(一同笑)

 

Q.当時のみんなを綿谷さんはどう見てました?

綿谷:実はZionの頃はライブハウスのブッキングよりレーベルを中心にやりたくて、当時証券会社の内定が決まってた長尾をブッキングマネージャーとしてのポストを用意するよと誘って上手いこと入社させて(笑)、そこから僕は殆どブッキングをしていなかったんですよ。だからみんな最初は長尾(RAD CREATION)との付き合いから始まっていて。

GEN:最初は長尾さんですね。綿さんにブッキングしてもらうようになったのはR.A.Dが出来てからなので。

KICHIKU:みんなそんな感じよな。

 

Q.R.A.Dが出来たときの印象はどうでした?

GEN:当時若手バンドマンだったみんなで集まってフィリピンパブだったお店を崩すところから手伝ったので、ライブハウスが出来ていく過程も見ていたんですよ。勿論そんなのは初めての経験だったので滅茶苦茶ワクワクしました。

daipon:文化祭ノリだったよね。

GEN:そうそう。だからオープンしたときは嬉しかった。最初は照明も少なかったし思うことはいっぱいあったけど思い出すとあれは問答無用で青春でしたね。

 

Q.この3バンドは何度もあのステージに立ってるじゃないですか。それが10年経って、ダイアモンドホールの楽屋からステージに行く姿を見ていたら、あのR.A.Dの楽屋とステージの間の狭い通路を歩いていくみんなの姿がダブって見えて…。

daipon:泣きました?

 

Q.2回ほど。

KICHIKU:あははは。

 

Q.3バンドとも初企画だったり初ワンマンはR.A.Dですか?

GEN:企画はみんなR.A.Dだと思うけど、ワンマンは違うかな。俺らは初のワンマンはAPOLLO THEATER(現APOLLO BASE)だったので。でも初のレコ発はR.A.Dでしたね。ツアー初日とファイナルがR.A.Dみたいな。

KICHIKU:俺らはR.A.Dが初ワンマンでした。

daipon:うちはRAD HALLですね。ENTHはワンマンが遅かったんですよ。初めてワンマンをしたのはMA-くんが抜けるときで。でも企画はR.A.Dでずっとやってました。とにかくR.A.Dには出まくってますから。

 

Q.当時、まだ20代前半だった綿谷さんと長尾さんがライブハウスを作って、そこで新しいシーンを作るに至るまではかなりの苦労もあったと思うのですが。

綿谷:最近思うのは、僕じゃなくて長尾が凄かったんだなって。フォーリミもBACK LIFTもENTHも、スタートは長尾なんですよ。ゼロを1にしてくれると言うか。僕はそれを膨らませて来ただけだなと。

GEN:確かに僕らはレーベルもTRUST RECORDSじゃないし、最初はずっと長尾さんでしたね。FREEDOM NAGOYAが始まったりして少しずつ綿さんに誘ってもらうようになって関係性も変わっていったと思うんですけど。

綿谷:打ち上げの場での長尾とか、本当に凄いんですよ。それは今も変わってないんですけど、空気読まずに率先して「おりゃー!」って飲んで、場がめっちゃ盛り上がるか、ドン引きされるかの2択で(笑)それにハマった人達をみんなを引っ張ってきたんだなって思うこともあって。

GEN:確かに打ち上げの長尾さんは変な凄さがあるよね(笑)。あとやっぱり、綿さんも長尾さんも当時若かったし、勢いが凄かったからムカつくときもあるんですよ。でもそこで対等にぶつかれたのは良かった気がします。先輩に理不尽なことを言われてムカつくとかじゃなくて、ムカつくことはムカつくってちゃんと正面から言える関係性だったから一緒にライブハウスを作ってきた感覚があるのかもしれないです。

 

Q.この3バンドがR.A.Dに出ていた頃のパスやステッカーが楽屋には今でも沢山貼ってあって、それを若いバンドが見つけて「やばい!」とか言いながら写真を撮っている姿をよく見ます。そうやって次の世代に繋がっていくことも嬉しいなと。

綿谷:それは本当に嬉しいですね。僕は運が良かったと思います。つくづく人に恵まれて来たなと思っています。

 

Q.みなさんにとって当時のR.A.Dはどんな存在でした?

daipon:そもそも僕はR.A.Dの社員でしたからね。自分がライブをする日も出番ギリギリまでバーカウンターにいたり。

GEN:PAもやってたもんね。長尾さんに「バンドのボーカルがPAをやってるのってどうなんですか?」って言ったことあるもん。でもdaiponはPAが好きだったんだよね?

daipon:普通に好きだった。バンドが出来なくなったら繋がりで売れてるバンドのPAでついていこうと思ってたから(笑)。でもあの頃と今も関係性は何も変わらないですよ。今はバンドでTRUSTに所属していて。ただ何年通ってもあの街は好きになれないですけどね(笑)。まあ、地元みたいなところです。

 

Q.RYU-TAさんも一時期働いていましたよね。

GEN:RYU-TAはR.A.Dでブッキングをしていましたね。僕らにとってもR.A.Dは庭みたいなもので、スタッフも全員友達だったし、僕も最初の頃はR.A.Dのマンスリーのデザインの仕事をしたり、ピンチヒッターでバーカウンターに入ったりしましたし。やっぱり思い入れは強いですよ。あとTRUSTでいえば、BACK LIFTのMVを撮ったり、ENTHのデザイン周りをやったり。そういう関わり方もしてきたので、僕は一度も所属はしていないけど、所属していないからこそ対等な立場で接することが出来ていたと思います。

 

Q.BACK LIFTもR.A.Dとは深い縁だと思いますが。

KICHIKU:TRUSTに所属する前からR.A.Dを事務所のように使っていましたからね(笑)。お酒を飲んで帰れない日はR.A.Dで寝てたし、デモを作る作業とかもR.A.Dの楽屋でやってたし。そうやって自分の家みたいに使わせてもらっていた場所で。その後、TRUSTを抜けてからは離れていた時期もあったけど、また今はフラットに何でも話せる関係になったと思っています。今が一番良い関係性かもしれないですね。

 

Q.R.A.Dの10年間の歴史の中でみんながR.A.Dを離れる時期もあったと思うんです。それこそ「名古屋ど真ん中計画」が終わった時期とか。

KICHIKU:2014年の年末にダイアモンドホールで「名古屋ど真ん中計画」が終わって、そこからみんながそれぞれ外に向き出したと思うんですよ。バンド同士で差も出てきたし、活動の速度も変わって。それからはR.A.Dというか、綿さんと一緒に何かをすることが減っていった気がします。

綿谷:それを寂しく思って腐ってた時期も有ります。僕だけ置いていかれた気がして。

 

Q.それをdaiponはどう見ていました?

daipon:まず「名古屋ど真ん中計画」になんで俺らを入れないんだって思っていました(笑)。でも輪に入るタイミングがちょっと違ったので仕方ないのかなって。でもGEN君には20歳くらいからずっと遊んでもらってました。あとキー坊(KICHIKU)からは「〇〇先輩は怖い」っていう情報を教えてもらったり。(一同笑)

GEN:KICHIKUのメロコア界の粗相は凄いからね。

daipon:粗相大王。

GEN:KICHIKUの粗相だけで2YOUが1冊出来ちゃう。

daipon:怒らせた先輩だけでフェス出来るもんね。

KICHIKU:めっちゃ良いフェスが出来る…っておい!

daipon:まあ俺らはそういう末っ子スタイルで見てました(笑)。

Q.綿谷さんは10年経った今、これからのR.A.Dをどうしていきたいですか?

綿谷:ここからさらに10年後、この3バンドみたいな関係性をまた若いバンドと作れたら嬉しいですけどね。それこそこの3バンドに憧れてバンドを始めた世代のバンド達と面白いことが出来たら滅茶苦茶嬉しいです。

daipon:R.A.Dってそうやってバンドと成長してきたライブハウスだと思うんですよ。R.A.Dからどんどん新しいバンドが出て来てるし、レーベルと契約するバンドもいっぱいいて。そこにもし僕らが一役買えているなら凄く嬉しいですね。

GEN: 2018年に久し振りにR.A.Dでライブをしたんですけど、僕らがこの10年やってきたことでR.A.Dがメロディックの箱っていうイメージが着いたのかなって。そういうルーツのある箱に出来たんじゃないかなって思います。さっきの話じゃないけど、ステッカーやパスで若手がテンション上がってる姿って、僕らが他のライブハウスで散々やってきたことで、そういう箱にR.A.Dもなったんだなって思うと、立ち上げから見てきた僕らからすると感慨深いですね。

 

Q.今のフォーリミが凱旋ライブをR.A.Dでしたことも関係性ですよね。

綿谷:嬉しかったですね。あの日に向けて照明も増やしましたから(笑)。今度、10周年イベントで久し振りにSHANKやHEY-SMITHやハルカミライにも来てもらうんだよ。

daipon:猪狩さん(HEY-SMITH)に良いウンスポ教えないと。

GEN:確かにね。猪狩さんはウォッシュレット必須だから。みんな何処のトイレ行ってた?

daipon:Party’zか、スマ〇ルホテル。あとはセブン〇レブンの裏のオフィス。

GEN:ああ、俺もそこでしてた気がする。

KICHIKU:俺も(笑)。

 

Q.あとはR.A.Dの隣にあったゲーセンの2階とか。

綿谷:懐かしい(笑)。

GEN:サーカスサーカスだ。

daipon:あそこの2階、真っ暗でやばかったよね。

 

Q.R.A.Dがなかったら触れないカルチャーもあの街には沢山あって。

GEN:R.A.Dがなかったら来ることもなかったですからね。でも本当に若い頃、何も知らないであの街で遊んでいたのはエネルギッシュだったと思います。

 

Q.そういう街って今池が代表的ですけど、女子大はまた違ったソレがありますよね。

KICHIKU:そうそう。今池とは色気の違う感じがある。

daipon:キー坊、それ毛色っすよね。

KICHIKU:流せ流せ(笑)。俺も間違ったかなって思ったけど(笑)。

綿谷:でも昔よりかなりマシになったよね。

GEN:前はしょっちゅうホストの怒号が飛んでたし。

daipon:事件まみれだったしね。フォーリミファンの高校生のファンとか来ちゃ駄目な街だからね。

KICHIKU:でもR.A.Dがなかったら陽陽(ラーメン屋)とかも知らんかったんやろうな。

GEN:YON FESの打ち上げの二次会が終わった後に1人で陽陽行ったからね。

 

Q.そういうカルチャーにR.A.Dを通して触れて欲しいし、そういう夜がこれからもR.A.Dで生まれていくんでしょうね。

KICHIKU:ディープな街を掘って欲しいです。

GEN:ベロベロになってホストと喧嘩したり。

KICHIKU:それ、まだENTHがやってるからな。

daipon:先週もホストと喧嘩したばかりだから(笑)。

 

Q.結局何も変わってないということで。まあ書けない話だらけだったので書ける範囲で書いておきます(笑)。

綿谷:そこは本当にお願いします(笑)。今日は本当にありがとうございました!