HUCK FINN 35周年 歴代店長対談

ハックフィンが35周年を迎えた。ハックフィンの始まりは1981年3月。ハックフィン以前、あのビルの地下はレコード屋と時計じかけというロック喫茶、そしてイースト・グッドマンというジャズ喫茶の3店舗が密接したロックベースメントだった。当時の日本の音楽シーンといえばまだまだロックバンドが市民権を得ていない時代。その上、インディーズが始まりつつある頃だったため、バンドが活動する場所も殆ど無かったという。そんな時代に誕生したのが今池ハックフィンだ。そのハックフィンが今年で35周年を迎える。これまでどれだけの音楽があのステージで鳴ったのだろう。どれだけの人生が交差したのだろう。今回2YOUでは35年間の歴史を見てきたthe原爆オナニーズのTAYLOW氏、そしてHUCKFINN初代ブッキングマネージャーである田中ダボ氏、歴代店長である古川敬高氏、畔柳雅弘氏、中井俊輔氏、そして現在のHUCKFINN店長であり2代目オーナーでもある黒崎栄介氏にお集まり頂く機会を設けた。当時の話、これからの話、各々のハックフィンへの思い、そして黒崎氏の思うハックフィンとは。様々な話が飛び交う中、あの地下に集まる気持ちは全員同じであることを感じて頂けると思う。あの薄暗い階段を下りた地下に今日も存在するパーフェクトリバティーボックス、ハックフィンに感謝と敬意を込めたスペシャル対談。 (Photo by 青木カズロー)

 

黒崎:今日は宜しくお願いします。まずみなさん自己紹介をして頂いても宜しいでしょうか。

TAYLOW:the原爆オナニーズのTAYLOWです。

中井:中井俊輔です。

畔柳:畔柳雅弘です。

ダボ:田中ダボです。1代目です。

古川:古川敬高です。正式には俺が初代店長です。

ダボ:店長としてはね。俺はブッキングマネージャーをやっていたから。だから実質的には俺が初代です。その役職は自分だけで絶えてしまったんだけど。

古川:ダボ君いわく店長なんか誰でも出来るそうです(笑)。

畔柳:その後、俺や俊輔(中井)の時代があって今が黒崎君が店長を務めていると。

中井:黒崎は店長でありオーナーでもあるからね。

ダボ:彼がオーナーだから俺は今日お祝いに来たんだよ。

畔柳:そうか、20周年の時はオーナーが昌子さん(斉藤昌子・初代オーナー)だったもんね。

黒崎:ダボさんと昌子さんはバチバチだったのですか?

ダボ:そりゃもうバチバチだよ。俺はハックになる前のイースト・グッドマンの頃からいるから。

TAYLOW:ハックは元々イースト・グッドマンというジャズ喫茶だったんだよ。当時は今のハックの敷地内にレコード屋と時計じかけというロック喫茶があって。

ダボ:そのレコード屋が潰れたもんでそこのコンクリートの壁をハンマーで打ち砕いて店を広くしたんだよ。

畔柳:今のPAブース横にある階段を作ったのは俊輔だよね。

中井:2回くらいボヤ騒ぎがあって階段を作らなきゃいけなくなったんだよ。それでキャパも40人から70人に変わって。

TAYLOW:だからイースト・グッドマンが終わってハックになったのが35年前なんだよね。

ダボ:何でハックフィンって名前になったかの話をしましょうか。トム・ソーヤのハックルベリー・フィンっているじゃない。あれって有色人種なんだけどオーナーの昌子さんが「そういう人達を応援出来たら嬉しい」ってちょっと上から目線で言ってきて。拒否することも出来たんだけどオーナーが言うことだしなって。

TAYLOW:僕も「ハックフィンってどうかな?」って言われたよ。「良いんじゃないですか」って答えたけど(笑)。

古川:TAYLOW君はその頃はニューロン?

TAYLOW:ニューロンの前だね。THE STAR CLUBの手伝いをしてた頃。ダボ君とは仲良かったんだよね。

ダボ:一緒にレコードも作ったし。

TAYLOW:「Underground Romance」ね。

黒崎:ハックになったのは何がきっかけだったのですか?

ダボ:俺はイースト・グッドマンで働いていたんだけど、ある日、昌子さんが店に来て「ここでライブがやれたら良いね」って話をしたのが始まりかな。最初はハックもロック喫茶だった。その後に隣にあったレコード屋が潰れて壁を壊してスペースを広げてライブハウスになったんだよ。

TAYLOW:ニューロンでやったときはまだ壁があったよ。機材を今のステージの辺りに置いていた。

黒崎:そもそも昌子さんはどういう方だったのですか?

ダボ:最初はイースト・グッドマンによく来てて。

TAYLOW:お洒落な店だったからね。時計じかけみたいなロック喫茶じゃなくて女の人も入れるようなジャズ喫茶で。

中井:昌子さんはコンパニオン経験があるくらいの普通の人だったんだけどイースト・グッドマンの店長が変わるときに昌子さんがやることになるんだけど雇われ店長が嫌で買い取ったのが始まり。

ダボ:俺はイースト・グッドマンでインド音楽をやったりパントマイムを呼んだり色々やっていて。昌子さんもライブが好きだったので「ここでライブをやれるようにしよう」って。それで壁を壊して広くしたんだよ。

黒崎:ちなみに今のドラムセットの後ろの壁を壊すと部屋があるって聞いたんですけど…。

畔柳:ないない!あそこの壁を壊してもダイエーの駐車場があるだけだよ(笑)。

ダボ:そういえば今もフロアの横に置いて木の椅子はその頃に俺と古ちゃんで作ったんだよ。

畔柳:あの椅子の中ってまだデモテープは入ってるの?

黒崎:そのまま入っていますね。

畔柳:凄いね。それ、デジタルに起こしたほうが良いよ。

TAYLOW:ハックの最初期にライブをやったのは東京ロッカーズのSPEEDだよね。あの時僕が全部ケアしてたもん。

ダボ:本当にずっとお世話になってるんだよ。

畔柳:俺もオープンハウスにthe原爆オナニーズを観に行った頃からお世話になってますよ。

TAYLOW:オープンハウスはブルース系のハコだったんだけど、THE STAR CLUBがオープンハウスでやりたいってなって森田君(TOKUZO)から「原爆もやらない?」って連絡があったんだよ。パンクが沢山来ると仕切れる奴がいないから「パンクのライブの日は任せた」って。

ダボ:オープンハウスはINUもやってるもんね。でもハックで東京ロッカーズのバンドをやれたのは嬉しかった。

畔柳:フリクションも来てるしね。

ダボ:ハックがライブハウスになっていく過程だよ。その頃俺は抜けたり戻ったりを繰り返してたけど。俺がいた頃で凄かったのはSAの解散ライブだね。客が入りきらないから昼と夜の2回やって。250人入ったんだよ。それが当時の最高記録だった。

TAYLOW:SAの解散の日は厨房の中まで客がいたもんね。

ダボ:あの日は本当に凄かったよね。あとザ・ブルーハーツも衝撃だった。

畔柳:ザ・ブルーハーツは凄かったね。

TAYLOW:ロンドンタイムスの前座で来たんだよ。

畔柳:僕のときにジュンスカも来た。あとウルフルズも。

ダボ:ガスタンクも来たけどチケット代が高くて揉めた(笑)。

TAYLOW:その交渉をしたの僕なんだよ(笑)。

黒崎:古川さんが店長になったのはいつ頃ですか?

古川:1985年かな。

TAYLOW:古ちゃんが店長になって本格的なライブハウスになったよね。それまでも勿論ライブハウスだけどフリースペースでたまにライブがあるって感じで。

中井:オーディションライブを始めたのは古川さんだよね?

古川:ライブハウスとしてある程度の基準は欲しかったからね。相当厳しかったと思うけど(笑)。

TAYLOW:古川君の面白かったのはオーディションの日を名古屋で定着させたことだと思う。当時はハコに認められないとライブが出来なかった時代で。酔ったようなバンドがライブハウスでライブをして自分達がまだまだだと知る事が出来る場所を作ったのは古川君だと思う。

古川:TAYLOW君、よく見とるわ。

中井:当時、ライブが出来るハコもなかったからね。

TAYLOW:当時ロックバンドが出演出来るハコはエレクトリック・レディー・ランドとユッカとオープンハウス、あとは小劇場タイプの芸音劇場くらいだったもんね。だからハックの存在は大きかったと思う。でも機材が揃ってないからバンドが持ち込まなきゃいけなかった。アンプもモニターも無かったから(笑)。ハックにマーシャルを入れたのは芸音のスエさんだしね。

黒崎:あのキャビはそうなんですね。

TAYLOW:90年くらいまではオーディオ用のスピーカーだったからね(笑)。

ダボ:今は違うの?

黒崎:今は流石に違います。(一同爆笑)

畔柳:俺のときに機材買ったもんね。で、91年に今の広さに改装したんだけどそのときの俺のテーマも音響を良くすることだったし。

中井:天井に卵の殻を貼ったり音が回るからステージの下に畳を敷いたり。

黒崎:畔柳さんの字で書かれたその頃の図面が事務所にあります。

畔柳:図面書いたもん。懐かしいなあ。その頃のハックはハードコアに尽きるよね。LIPCREAMとか来ると200人は人が来たし。ハードコアのバンドがいなかったらハックは潰れてたと思う。その頃まだ1階に暴力団関係の店があったからよく揉めたけど(笑)。

中井:鎌倉御殿ね(笑)。よく捕まったもんな。

TAYLOW:85年にお年玉GIGを始めたんだけど僕も捕まったもん(笑)。

中井:「正月からうるせえ!」って(笑)。

畔柳:その頃はハードコアをやれるハコがハックしかなかったんだよね。不良がみんな集まるハコだった。彼らがハックに出てくれたから潰れなかったし客が5、6人しか入らないライブでも興味深いバンドはいたよね。で、LIPCREAMが来たときも凄かったし、ハックの10周年でthe原爆オナニーズとGAUZEをやった日は256人集まったからね。本当に凄かったよ。そういえばビデオも作ったよね。パンク、ハードコア、ロックみたいにジャンルを分けて。

中井:あったねえ。

黒崎:そのビデオもまだ倉庫にありますよ。

TAYLOW:あれは凄く貴重だと思うよ。今のうちにDVDに保存したほうが良い。

中井:その後にクロヒョウが消えて俺が店をやるようになるんだけど、その頃黒崎もバイトで入ってくるんだよね。

黒崎:そうですね。畔柳さんとは1ヶ月だけ一緒でした。

畔柳:ある人が亡くなって葬式に行ってたんだけど、その日ハックはハードコアのイベントの日で。それで俊輔に「事情は聞かないでくれ。今日任せて良いか?」って電話したんだよね。それで一日店長みたいな感じで俊輔に任せて。あのときもヤクザから「お前がハックの店長か?お前のとこの客がうちの車蹴ったんだけどどうしてくれるんだ」って電話がかかってきて。

中井:CFDLの日だよね。俺、事務所に行ったもん。

畔柳:あのとき15万払ったんだよね。ハックが空いてる日にレコーディングと称してCFDLとかがノークレジットでライブをやって15万作って返したんだよ。

古川:ベネフィットの鏡だね。

畔柳:金払いに行ったらヤクザも関心しとったからね(笑)。ハードコアのバンドとはそういう関係性だった。揉め事は多かったけどさ。

中井:だから客が外に溜まるのが凄く嫌だったんだよ。場所を存続させるためには地域の信用も必要だから。

畔柳:俊介の頃は人が集まるピークだったしね。

TAYLOW:80年代はコミュニティーの時代だったからライブハウスに来るときもライブハウスから帰るときもみんな一緒だったんだよね。バンドが機材を片付けるのも外で一緒に待ってたし。だからみんなたむろしちゃって。

中井:だから苦情が来る前に打ち上げ会場に移動させるっていう(笑)。

TAYLOW:俊輔君はライブが終わったら打ち上げに誘導するみたいなパターンを作ったよね。

中井:そのままにしてたらいつの間にか喧嘩になったりするから(笑)。

畔柳:喧嘩しにライブハウスに来てる奴もいたもんね。吉田病院に何人連れて行ったか(笑)。

古川:アウトサイダーが集まる場所だったもんね。

中井:でもそういう歴史のある場所を歴代のみんなが作ってきてその時代その時代をやってきたんだよね。みんな好きなことやってきたし。

畔柳:ハックだから出来ることがあったからね。

中井:ハックは自由な表現の場だから何をやっても良かった。それは黒崎にも伝えたし。

黒崎:そうですね。中井さんから引き継いだのが2001年なんですけどその頃からそう教えてもらっていました。

畔柳:俊輔のときは色んなジャンルのバンドがクロスオーバーしてたよね。

中井:今池に昔たんぽぽって店があって、そこには色んなバンドマンが集まるから対バンしたことなくても仲良くなるんだよ。それがライブに繋がって。

畔柳:俺のときはハードコアとパンクは一緒にやらなかったからね。やってたのは原爆くらい。市民とフレッシュイーターでやったときも客が引いちゃって。

中井:客同士が揉めるからね(笑)。話すとみんな分かるんだけどね。

畔柳:俊輔は世話が上手だったから。だから今もUPSETでやれてるんだろうし。

中井:今は駄目だよ。あの頃とは時代が違うもん(笑)。

畔柳:ところでファクトリーは何で閉めたの?

ダボ:俺もそこが聞きたかった。

黒崎:えっと…。

中井:そこは察しようよ!

ダボ:あそこで何かやらないの? あそこはハックフィンファクトリーでしょ?ファクトリーなんだから飲み屋じゃなくて音楽に向けて何かしたらどうなの?

黒崎:はい…。僕も今色々考えてまして。

ダボ:俺は音楽の場所に使って欲しいんだよ。ファクトリーなんだからさ。

中井:それに関しては黒崎に任せようよ。黙って応援しようよ。今は黒崎が頑張ってるから。それで良いじゃん。

TAYLOW:黒ちゃんがやろうとしてることを黒ちゃんが考えてやっていくから、それに対してダボ君が口出すのは違うよ。

中井:黒崎が相談してきたなら話は別だけどさ、違うんだからまずは任せようよ。

ダボ:あの2階の所もPAじゃなくて客席にしたら良いじゃん。ジジイは座ってみたいんだからさ。

中井:だから今は黒崎の店なんだから(笑)。

畔柳:黒崎君がどう思ってるか聞かせてよ。

黒崎:僕がハックに入って畔柳さんと働いたのは1ヶ月だけでしたが僕は昌子さんと俊輔さんからハックの歴史を聞いていて。働き出して20年、初出勤の日から色々凄すぎて噂通りのライブハウスだなって思いました。そこで俊輔さんの下で働きながらハックフィンスピリッツを叩きこまれて。昌子さんが50歳になられたときに「あんたが継がなかったら店を締める」と言われて、僕はハックを守りたかったからハックを継ぐことにしたんですけど、店長になってオーナーになって、歴史の上に立たせて貰っていることを痛感しつつ、崩しちゃいけない事と崩さなきゃいけない事を自分なりに考えていまして…。

ダボ:崩せば良いんだよ。

黒崎:はい。変わらない美しさと変えていく潔さを常に念頭に置いています。それで今があると思っているので。今日、みなさんのお話を聞いて「ハックとは何ぞや」と改めて考えるきっかけになりました。

ダボ:黒崎がオーナーになったんだからハックフィンって名前に拘る必要はないんじゃないの?

黒崎:昌子さんから僕に代が変わったときに「名前変えたら?」って話にもなったんです。でも個人的にはハックフィンの名前でやりたくて。

TAYLOW:その話をしたのは僕ですね。でも黒ちゃんはハックの名前でハックを引き継いでくれた。

ダボ:だったら黒崎の好きなことをやったら良いよ。

畔柳:ハックでアイドルをやってもいい訳だしね。

黒崎:はい。ハックは誰が何をやっても良い場所だと教えてもらってきましたし、自由な表現の場として何でもやれる場所でありたいと思っています。

中井:ハックを名乗る以上色々面倒くさいしがらみはあるんだけど、そこを上手くやって欲しいね。

黒崎:重々承知しております。その上で僕はオールジャンルでやっていきたいですね。

古川:ハックは拓かれた空間だからね。

黒崎:それが僕の思うハックフィンスピリッツなんです。今の時代のハックフィンを作っていこうと思っています。

畔柳:だったらもっとブッキング頑張らないと。2月のスケジュールは何なの?

黒崎:ごもっともです…。

中井:クロヒョウのときだって同じだったじゃないか!今は黒崎が頑張ってるんだから見守ろうよ。

畔柳:そうだね。分かった。

ダボ:でもさ、全員が揃うのは初めてだよね。嬉しいね。

畔柳:今日黒崎君と話して安心した部分もあるからね。好きなことやっていけば良いと思う。黒崎君の心粋は充分分かったから。

ダボ:俺も協力するから。

畔柳:ダボには気をつけろって昌子さんが言ってたけど(笑)。

ダボ:35周年もイベントやらせてもらうんだよ。俺はハックでやりたいことがあるんだよ。

畔柳:みんなハックと音楽が好きだからね。

ダボ:それは基本だから。音楽嫌いな奴がライブハウスにいる訳ないんだよ。

TAYLOW:ハックの良い所は音楽が好きな奴しか集まってないって事。今日みんな来て良かったじゃん。黒ちゃんがこれからやってくれるって分かったじゃん。みんなの気持ちややってきたことを話したら黒ちゃんと一緒だった訳で。それが凄く嬉しいよ。

畔柳:嬉しいね。

ダボ:35周年、音楽を祝え!黒崎、今池で音楽が鳴っていることがどれだけ素敵な事か分かるよな。

黒崎:はい。ハックフィンは歴史のあるライブハウスです。でもその歴史に僕自身が縛られ過ぎていた部分は正直ありました。でも今日みなさんのお話を聴いて、みなさんが好き勝手やってきたことも分かりましたので、僕も僕の思うように好き勝手やらせてもらいます。

中井:何も意識する必要ないからね。黒崎のやりたいことをやれば良い。これまでみんなそうだったんだもん。

畔柳:好きなことを自由にやることは俺がパンクから受け取ったメッセージだから。自分のやり方でやれば良いよ。

ダボ:色々言ってごめんな(笑)。

TAYLOW:ハックフィンはオルタナティブなんだよ。黒ちゃんはオルタナティブなことを分かっているから大丈夫。それに今日こうやって話して、35年前に僕達が思ってたことが今のハックもだし2YOU MAGAZINEもそうだし、ちゃんと名古屋で根付いて色んな人が継承してくれているのが嬉しいよ。みんな今日来て良かったよね。

ダボ:良かったよね。散々言いたいことは言ったけど俺達は過去だから気にせず好きなことやったら良いよ。

中井:今のハックフィンは黒崎だから。

黒崎:ありがとうございます。これからもハックフィンを宜しくお願いします。

写真左から
中井俊輔 古川敬高 TAYLOW 黒崎栄介 田中ダボ 畔柳雅弘

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